祝詞

祝詞とは、祭祀の時に御神前で奏上したり、あるいは神の御言として、祭りの場に

参集した人々に向かって宣下したりする文章のことです。

また、祝詞には神話が語られています。


神道における「まこと」

まこととは神を知り、神とのかかわりを自覚した人間の内に湧き起こる

謙虚で真心をこめた生きる構え
をいいます。

神道倫理の源泉はここにあり、この一筋の態度で周囲に接することは

人の上に立つものになればなるほど、厳しく要求されるのです。


神様に奏上する祝詞には、

畏れ多くも高く尊い神々様に対し、お慈悲やご恩を賜って

生かされていることへの感謝と、そのいただいたお慈悲やご恩に対し、

「神々様を高く尊び、信じ仰ぎ、お祭りしていきます。

そして、いつも明るく清らかな誠心で一生懸命、精進し、

神様方の御心に沿うよういたします。」

と宣誓する詞(ことば)が書かれてあります。

その祝詞の通り、嘘偽りなく、清く正しく「まこと」の心であろうとすることが、

信仰をすることにおいて、大変、重要なのです。


身滌大祓(みそぎのおおはらい)

たかまのはらにかむづまります
高天原に神留座す

高天原においでなさいます

かむろぎかむろみのみこともちて
神魯伎神魯美の詔以て

祖神様の「此の混沌漂う国を修理(つくり)固め(かため)成せ」という御言葉で、

すめみおやかむいざなぎのおおかみ
皇御祖神伊邪那岐大神

創造化育と生成発展の力の根元をもつ尊い祖神であられる伊邪那岐大神様が

つくしのひむがのたちばなのおとのあわぎはらに
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に

筑紫(つくし)の日向(ひゅうが)の橘(たちばな)の小戸(おと)の阿波岐原(あわぎはら)という場所で


みそぎはらへたまひしときにあれませるはらひとのおおかみたち
御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神等

イザナミノミコトがお隠れになった黄泉の国に会いにいかれた際に受けられた不浄や穢れを清めるために禊祓(みそぎはら)いをなされたときにお生まれになられた祓いを司る大神様方に


もろもろのまがごとつみけがれをはらひためへきよめたまへともうすことのよしを
諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を

諸々の枉事や罪穢れを祓ってくださいますよう、また、、清めてくださいますよう申し上げますことを

あまつかみくにつかみはほよろづのかみたちともに
天津神国津神。八百萬の神等共に

天津神や国津神、八百萬の神々様方に

きこしめせとかしこみかしこみもうす
聞食せと恐み恐み申す

どうかお聞き届けくださいと、恐れ多くも申し上げます



大祓詞(おおはらひのことば)

たかまのはらにかむづまります
高天原に神留まり坐す 

高天原においでなさいます


すめらがむつかむろぎ かむろみのみこともちて
皇が親神漏岐 神漏美の命以て

清く、正しく、睦まじい心を持っておられる徳の高い親神様の「此の混沌漂う国を修理(つくり)固め(かため)成せ」という御言葉で、


やおよろずのかみたちを かむつどへにつどへたまひ かむはかりにはかりたまひて
八百万神等を 神集へに集へ賜ひ  神議りに議り賜ひて 

八百万の神々様を何度も何度もお集めになり、 何度も何度もご相談なさって、


わがすめみまのみことは とよあしはらのみずほのくにを やすくにとたいらけくしろしめせと ことよさしまつりき
我が皇御孫命は 豊葦原瑞穂国を 安国と平けく知食せと 事依奉りき 

混沌とした国を統治するにあたって、「天皇は豊葦原水穂国を平らがで安らかに治めるように知らしめよ」と命じられました。


かくよさしまつりしくぬちに あらぶるかみたちをば
此く依奉りし国中に 荒振る神等をば 

このように御命令を承った国中に乱行極まる荒ぶる神たち(国津神)がいます。


かむとはしにとはしたまひ かむはらひにはらひたまひて
神問はしに問はし賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 

この神々にどうして荒ぶっているのかを何度も何度もお尋ねになり、荒ぶる原因の不平不満を聞き、悪いことを正しい状態に戻すよう何度も何度も祓い、


こととひしいわねきね たちくさのかきはをもことやめて
語問ひし磐根樹根 立草の片葉をも語止めて 

そうすると、磐根(岩)、樹、草などが不平不満を言うのを止めて、自然界も人間界も、すべてのものが静まりました。


あめのいはくらはなち あめのやへぐもをいずのちわきにちわきて
天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別に千別て 

天皇(=ホノニニギノミコト)は高天原の神座を放れ、強い力を以て幾重にもたなびく雲をかき分けかき分け、


あまくだしよさしまつりし かくよさしまつりし よものくになかと
天降し依奉りき 此く依奉りし四方の国中と 

この地上(今の霧島か高千穂)に降りておいでなさいました。 このように「平らけく安らけく治めよ」と承った四方の国中と


おおやまとひだかみのくにをやすくにとさだめまつりて
大倭日高見の国を安国と定奉りて 

大倭(奈良県大和国磯城郡の地方)という最も日が高く見える、いわゆる日の本の国を安らけき国と御定めになり、


したついはねにみやばしらふとしきたて たかまのはらにちぎたかしりて
下つ磐根に宮柱太敷き立て 高天原に千木高知りて 

土の中の土台石の磐根の上に宮殿の柱を太しく建て、屋根の上には千木を高々とそびえさせ、


すめみまのみことのみづのみあらかつかえまつりて
皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて 

天の親神様の御言葉をうけたまわった天皇のお住まいになる、立派な宮殿をお建てになり、


あめのみかげ ひのみかげとかくりまして やすくにとたいらけくしろしめさむ
天の御蔭日の御蔭と隠り坐して 安国と平けく知食さむ 

天津日の神(天照大御神)の御蔭を受けて、その御加護の中に居られました。 平和な国にするように御言葉のあった、


くぬちになりいでむ あめのますひとらが あやまちおかしけむくさぐさのつみごとは
国内に成出む天の益人等が 過ち犯しけむ種種の罪事は 

国中に生まれ増え往く人々が 過ちをおかしただろう 色々な罪事は、


あまつつみ くにつつみ ここだくのつみいでむ
天津罪 国津罪 許許太久の罪出む 

天津罪 国津罪です。 甚だしくこれらの罪が出てくるでしょう。


かくいでば あまつみやごともちて あまつかなぎを もとうちきり すえうちたちて
此く出ば天つ宮事以ちて 天つ金木を本打ち切り末打ち断ちて 

このように罪が出てくれば天津神ののお住まいになっているところで定めていること(=祖神の御教え)によって、祓物(はらえつもの)にするための、紙、進んでは紙幣となる木の枝の本を打ち切り、末を打ち断って、(その真ん中を)


ちくらのおきくらにおきたらはして あまつすがそをもとかりたち すえかりきりて
千座の置座に置足はして 天つ菅麻を本刈り断ち末刈り切りて 

たくさん置くことのできる案(机)に 山のように積んで、天の菅や麻の本を刈り切り、末を刈り切って、


やはりにとりさきて あまつのりとのふとのりとごとをのれ
八針に取辟きて 天つ祝詞の太祝詞事を宣れ

八つ裂きにして(祓物を差し出す行事とともに)、天津神、つまり祖神の下される立派な祝詞を申しなさい。


かくのらば あまつかみはあまのいはとをおしひらきて
此く宣らば 天つ神は天の磐門を押披きて 

このように申せば、天津神は、天の磐戸を押し開いて、


あめのやへぐもを いづのちわきにちわきてきこしめさむ
天の八重雲を伊頭の千別きに千別きて聞こし食さむ 

たとえ、どんなに多くの雲があっても、それをかき分けてお聞き届けくださるでしょう。


くにつかみはたかやまのすえ ひきやまのすえにのぼりまして
国つ神は高山の末 短山の末に上り坐して 

国つ神は高い山の頂き、低い山の頂きに上られまして、


たかやまのいぼり ひきやまのいぼりをかきわけてきこしめさむ 
高山の伊褒理 短山の伊褒理を掻き分けて聞こし食さむ 

高山に立ち込めている煙やもやを、また、低い山に立ち込めている煙やもやをかき分けてお聞き届けくださるでしょう。


かくきこしめしては つみというつみはあらじと 
此く聞食しては 罪と言ふ罪は在らじと  

こうして御聞き届け下されば、罪という罪はなくなるのです。


しなとのかぜのあめのやへぐもをふきはなつことのごとく
科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く

それは科戸の風が天の八重雲を吹き払うように、


あしたのみぎり ゆうべのみぎりをあさかぜゆうかぜのふきはらうことのごとく
朝の御霧 夕の御霧を 朝風夕風の吹き掃ふ事の如く 

朝の霧は朝に、夕方の霧は夕方に、朝風や夕風が吹き払うように、心の曇りや霧をその時々に祓われ、


おおつべにおる おおぶねをへときはなち ともときはなちて
大津辺に居る大船を 舳解き放ち 鱸解き放ちて

(また)大きな港に舳綱(へづな)や鱸綱(ともづな)で縛られている大きな船の綱を解き放ち、


おおうなばらにおしはなつことのごとく 
大海原に押し放つ事の如く 

大船を大海原に押し出して自由に航海させるように、自分たちを縛り付け、身動きをとれなくする色々な因縁から自分というものを解放して、自由に人生を生き、


をちかたのしげきがもとを
彼方の繁木が本を

向こうの繁った木の本を


やきがまのとがまもちて うちはらうことのごとく
焼鎌の敏鎌以ちて打ち掃ふ事の如く 

焼きの入った敏鎌(とがま)で打ち払って見晴らしを良くするように、人生におけるいろいろな問題を、真の修行によって培って正しい神心にかなう本心からの叡智、実行によって、


のこるつみはあらじと はらへたまひきよめたまふことを 
遺る罪は在らじと 祓へ給ひ清給ふ事を 

残る罪がなくなるように祓い、清めていただいたならば、その罪は、


たかやまのすえ ひきやまのすえより さくなだりにおちたぎつ
高山の末 短」山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ 

高い山の頂き、低い山の頂きから、川に崩れ落ちてきて、


はやかわのせにます せおりつひめといふかみ 
速川の瀬に座す 瀬織津比売と言ふ神 

流れの速い川の瀬に降り立つ瀬織津比売という神が、


おおうなばらにもちいでなむ かくもちいでいなば
大海原に持出でなむ 此く持出往なば 

その罪穢れを、大海原に流し消し去ってくださるでしょう。 このように、大海原に流し去られた罪穢れは、




あらしほのしほの やほぢの やしほぢのしほの やほあひにます
荒潮の潮の 八百道の 八潮道の潮の 八百曾に坐す

荒潮があちらこちらから押し寄せ、ぶつかり合い、渦を巻いているところに居られる


はやあきつひめといふかみ もちかがのみてむ かくかがのみては
速開都比売と言ふ神 持ち加加呑みてむ 此く加加呑みては 

速開都比売という神がすべての罪穢れを飲み込んでくださるでしょう。 このように飲み込んでくだされば、


いぶきどにます いぶきどぬしとふかみ ねのくにそこのくに いぶきはなちてむ
気吹戸に坐す 気吹戸主と言ふ神 根国底国に 気吹放ちてむ

息を吹き出す所に居られる 気吹戸主という神が、現世から遠く隔離されたところに、息吹放ってくださるでしょう。


かくいぶきはなちてば ねのくにそこのくににます はやさすらひめといふかみ
此く気吹放ちてば 根国底国に坐す 速佐須良比売と言ふ神 

このように息吹放てば、現世から遠く隔離されたところに居られる速佐須良比売という神が、


もちさすらひうしなひてむ かくさすらひうしなひては
持ち佐須良ひ失ひてむ 此く佐須良ひ失ひては 

持ち去って、すべての罪穢れをさすって無くしてくださるので、


きょうよりはじめて つみといふつみはあらじと
今日より始めて 罪と云ふ罪は在らじと 

心を改めますと真に決心して、今日直ちに罪という罪の一切がなくなるようにと


きょうのゆうひのくだちのおおはらひに はらひたまひきよめたまふことを もろもろきこしめせとのる
今日の夕日の降の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸々聞こし食せと宣る

きょうの夕日が西に沈むころに行われている大祓で祓い清めてくださることを諸々にお聞き届けくださいと申し上げるのです。



kabeyo10.png大祓詞について ・・・大祓詞の祝詞から信仰や心について学ぶ一助となれば幸いです。



六根淸淨大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらひ)